December 29, 2011

街はあっという間にクリスマスを片付け
急速に今年を終えて新年への準備を始める

クリスマスイヴのコンサートに来て下さった皆様
ありがとうございました
たくさんのカップルに囲まれながら
また思いがけない嬉しい再会にも恵まれ
大好きな場所でのクリスマスイヴになりました

日本ではクリスマスは恋人同士のもの
というようなイメージが強いけれど
外国ではクリスマスは圧倒的に家族とのもの
毎年新しい生のモミの木を狩りに行ったり
お家に飾り付けをして美味しいお料理を作って
思い思いのプレゼントを用意して
当日は外出はせずお家でゆっくり家族と過ごす

日本のクリスマスは街にはたくさんの人が溢れ
お店やイルミネーションもどこもキラキラと賑やか
でもその恋人たちがいつかは家族になるのだから
どこの国でも最後は一緒なのかなと思ったりして

いつかのクリスマスの日
ずっとシカゴで住んでいた家の
目の前の横断歩道で撮ったこの上の写真
コンサート終わりに仲間と歩いた日も
夜遅くにリハーサルを終え一人歩いた帰り道も
講義の合間にコーヒーを買いに出かけた時も
マイナス20度の極寒の中息ができなくて死にかけた時も
いつも色々な気持ちを持って見ていたこの景色
アメリカならではのこの
待て!という手のマークの赤信号を見ながら
唯一いつも共通して考えていたのは
その日一日のこと
その日一日というただ目の前のこと

あたり前だけれど
目の前の今日一日がなければ一年はないのだから
来年もまたそういう毎日の日々を
少しずつ少しずつ積み重ねて
最後に素敵な一年がつくれますように

皆様、よいお年を*
HAPPY HOLIDAYS!!!

December 19, 2011

師走

なんだか日本人は
生きていて苦しそうな人が多いな、と
街行く人々を見ていて思う
真面目すぎるくらい真面目に働きつめ
頑張りすぎるくらい頑張っているのに
無駄なものに足を引っ張られ
小さな小さな島国の中で
なにか目に見えない漠然としたものに
悩みたいかのように悩んでいて
それでも未来は明るくならなくて

反対にアメリカ人は
少しは悩んだり苦しんだほうが
いいのではないかと思うくらい
いつも明るくハイテンションで
また良い意味でも悪い意味でも
オープンな人が多いように思う

でも私はそういう日本人がとても好き
生きることは元々苦しいものだし
人生は本来、辛く暗いものであるべきで
ただ生まれて、ただ働いて、ただ生きて死ぬ
本当はただそれだけのものだと思うから
そこに、やりがいや楽しさや人間関係や
好きなものや明るい未来を求めるほうが
間違っている気がする
未来がものすごく明るくても
逆に私は困ってしまうと思う

いつかあるアーティストが
"花咲き誇る この小さな列島(しま)に
これ以上何を望みますか 殿様じゃあるまいし"と
歌っていたけど
本当にその通りな気がする


*お知らせ*
クリスマスイヴの24日、
白金台Adam et Rope Biotop 3F
IRVING PLACEにて行われる
クリスマススペシャルコンサート。
芸術家や音楽家としての人生が中心の中で、
いち人間として、また女性として母としても
"普通"の感覚を保っておられ
幅広い世代に支持されているヴァイオリニスト
中澤きみ子氏との共演で出演します。
クリスマスディナーを召し上がりながら、
よろしければイヴの夜を御一緒に*

詳しくはこちらまで*

December 10, 2011

合間を縫って久しぶりのシカゴへ

久々にあの肌の切れるような寒さと
葉っぱのないか細い木々
ピンと張った朝の空気の中
モノトーンのコートに身を包み
モコモコの帽子に耳当てをした
防寒対策ばっちりのビジネスマンたちが
コーヒーショップに並ぶ列
朝も昼も夜も一日を通してずっと
同じようなどんよりとした曇り空
圧倒的な孤独と淋しさの場所

どこだってなんだってそうだけれど
観光で訪れた時のその街と
実際に住んでみた時のその街とでは
見せる顔が全然違うもの
ただ訪れた時には気づかなかったけれど
住んでみて初めてわかることもある
またその逆も

丸四年身を沈めたこの街の
変わらない街並を眺めながら思うのは
人は変わるということ
でもそれと同じくらい
人は変わらない
そして私も変わっている
ここにいた頃自分が考えていたことを
思い出して吐きそうになったりする
でもそれと同じくらい
吐きそうなくらいやっぱり変わっていない

お土産や御礼の品はいらないから
それなら良い演奏をもってきてくれ
と言うアシュケナージ氏の元
また彼が弾いてくれるたった数小節に
どうしてこんなにあったかい音が出るんだろうと
何度も涙をこらえながらレッスンを受け
充電をする

私は何をするにも時間ばかりがかかってしまう
でも近道を探すのではなく遠回りがしたいと
遠回りをしようと思って選んだ道
それを再確認したシカゴでの数日間


*写真*
すっかりクリスマスモードの
オヘア空港の通路とシカゴ交響楽団
そしてサンタさんと一緒に写真を撮る子供ちゃん@Macy's

November 13, 2011

J-AIDの方からメッセージを頂いたので
私でつながるものがあればと思い、こちらに書かせて頂きます

以前私が出演させて頂いた 
東日本大震災被災者支援チャリティーコンサート
"Japan Earthquake Relief Fundraiser Benefit Concert"

 4月16日の記事

その開催に向けて多大な協力をして下さった
ボランティアグループ"J-AID 2011"
この度その彼らの活動が認められ
米国イリノイ州より正式なNPO法人の認定を受け
赤十字やユニセフなどと同格の非営利活動法人となり
今後復興支援を専門業務として尽力することになったそうです

彼らの現段階での主な活動は
震災により親を失った震災孤児、遺児の支援と
植物による福島の環境再生運動

"普通の幸せ"を手にしている人には
もう薄れてきてしまった話かもしれないけれど
支援ブームが過ぎた現在
今困っている人が本当に困っている人だと聞きます

「私にできること」という言葉が苦手なので
そんなことは言いません
どんなに助けてくれる人間がいようと
どんなに理解してくれる人間がいようと
自分の寂しさは誰ももってくれないし
自分の悲しみも誰も埋めてくれない
どんなに気持ちがあっても
みんな誰のものももってあげられないし
自分の分しかもてない
それ以上はもってあげられないと私は思います

だからこそ現実の手触りとして感じられるものが
必要なんじゃないかと思うし
そういうものしか今は必要ないんじゃないかと思っています


J-AIDは現在、米国や日本を合わせても
被災された方々の数をみるとできることが限られてしまうほど
まだ数少ないボランティアの皆さんで運営されているそうです
活動内容の詳細、支援や会員の種類についてなどが
J-AIDのホームページにて細かく記載されています
興味のある方は覗いてみて下さい

日本語:http://www.j-aid.jp/home

October 21, 2011

私の恩師であるアシュケナージ氏は以前私にこう聞いた
でも時々理由を考えないくらい好きなものってないか?
とにかく直接心にくるものがあるはずだ
そして後から理由を見つけて、さらに好きになるものがある
音楽はそういうものじゃないか?と

私がクラシック音楽を嫌いな理由を
彼の前で淡々と述べたときだったと思う

私はどうしても音楽をしている人間自身と
その人の奏でる音楽自体を切り離して考えることができない
だからどうしたって人間として欠陥している人の奏でる音楽は
好きになることができないし聴く気持ちにもなれない
音楽以前に人間として素敵だと思える人の
奏でるものでなければ耳を傾けられない
そのかわり人間として素敵だと思えるものはなんだっていい
その人をよく知らずともどんな人間かを
わかってしまう瞬間はいくらだってあるから

そして誤解を恐れずに書くと
私は音楽界でその音楽以前に素敵な人間に
今まであまり出逢ったことがないのだ

私が普段関わっている数少ない友人達は皆
音楽関係ではない人間たちばかり
良い取り方をするならば
音楽以外の場所で共に過ごすには
音楽家はみんなとても壊れすぎている
そしてそのことにあまり気が付いていない気がする

そんな中でアシュケナージ氏は
人間としてもとても素敵だと思える
私が出逢った唯一の音楽家なんだけれど

彼はそんな私の理由に
それはとてもわかるよ
人間と音楽を切り離して考えられないのもわかる
日常関わりたいと思う人間が音楽家の中にいないのもとてもわかる
でも、音楽だよ。音楽の話だよ、と何度も仰った
そして、確かに壊れた人がたくさんいる
おかしな人はたくさんいる
人間として最悪な人もいる
でも人間として最悪でも
その人のする音楽は素晴らしい時もあるよ、と
そういう彼らは人間としての良い部分を
音楽に捧げてしまっているからなんだ
そして音楽で補っているんだよ、と

例えば「ヴァイオリニストの王」と称されたハイフェッツ
彼はプライベートでは最悪の人間だった
でも音楽は素晴らしい
ベートーベンもそう、彼は人間として壊れすぎているし
シューマンもおかしくなってしまった
でも彼らのする音楽はただただ素晴らしい
すべてを音楽にとられてしまっているからね、と
でも中には人間としても素晴らしい人もいる
バッハやハイドンは人間としてもとても良い人だった
そういう人たちももちろんいるけどね、と

私の拙い日本語訳がどこまで彼の言葉の本質を
捉えらることができているのかはわからないけれど 
半世紀ほどの年の差のある彼と交わす言葉で
胸に留めておいたものがすっとおりるときがある

生きている中でできるだけ色々な人と出逢い
沢山の人と話す必要は本当にない
決められた人間との決められた一瞬の時間に
こうしておりてくるものが本当に必要な残るものなのだから

October 06, 2011

ブログを始めて早一年

私は小学校4年生で初めて手帳を買ってもらった日から
今日この日まで毎日一日も欠かさず日記を書いている

70歳になってからの1日と
15、16歳から20代前半ぐらいまでの1日とでは
日々の速度や変化がきっと全然違うのだろうし
そのとても繊細で微妙な時期は気付いたらあっという間に
通り過ぎてしまっているものなんじゃないかなと思う
だからこそ、そういう日々をなにかに残せたらと毎日書き留めている

でも書く内容は、今日どこどこへ行き何々をした、
というようなことではなく、
今日こういうことを考え、思い、こういうことを感じた、ということ
どうしても書く気分になれない日も、何も書かないのではなく、
どうしても書く気分になれなかった、と書くようにする
一言、それだけを
そうして初めて手帳を手にした日から私の日記は続いている

ブログもそれによく似ていて
たまにこのブログをみて下さっている方から
どうしてあぁいうブログなんですか?と尋ねられることがある
どういうブログが普通なのかわからないけれど
私は芸能人でもアイドルでも何者でもないし
例えばコンサートの情報や打ち上げの写真
美味しかった食べ物の写真などを自分の顔写真と共に載せても
私はそういうものを読みたいと思わないので
そういうことは書かないようにしている、ということ

書きたいことだけを書いているというよりは
書きたくないことは絶対に書かないようにしている。ひとつの言葉も。
そして、うまく書こう、わかりやすく書こう、という気持ちも
なるべく無視して書く。なにも付け足さずに。
自分の内から出てくる自分の言葉だけを選んで。

これからも細々とですが
書くことで浄化される気持ちがある限り
続けていけたらと思っています
よろしくお願い致します: )

September 12, 2011

HB2U

今年も変わらぬメンバーが
それぞれの時間の合間を縫って
お祝いをしてくれた誕生日

私はそもそも
自分の好きなものを誰かと共有したいとか
自分の嫌いなものを誰かと共有したいとか
自分の喜びや感動を誰かと分かち合いたいとか
自分の悲しみや痛みを誰かにわかってもらいたいとか
そんな気持ちは全くなくて

誰かと共有したり分かち合ったところで
そのものの分量が変わるとは思わないし
そうしたところで
喜びは倍に悲しみは半分になんて
ちっとも思わない
でもそう思わせない関係こそが 
本当に必要な存在だと思ってる

ことに友達というのは
ほんとうの意味で自分の人生を
動かせたり支えたり救えたりすることのできる
自分自身や共に生きる「家族」ではないし
「その先」のない関係に対して私は興味がないので
あまり求めていないし結構薄情だったりする

自分の生きる世界を無意味に広げてしまわぬよう
ほんとうに必要のないものを持ってしまわぬよう
いつも狭く狭くと気をつけて
いくら未練も後悔も
戻りたい時間も戻りたい場所も
なにもなく生きていたって
それでも
ふとした時に強烈に帰りたくなるような瞬間や
気付かぬうちに色々な大切なものをもらって
そしてそれを持って生かされているんだなぁと
こういう時に改めて感じさせられてしまう

ひとりでは生きられないということは
本当にひとりで生きている人にしかわからないみたいに

August 13, 2011

日本はお盆休み

祖父が迷わないようにと
提灯に火を灯し家に連れて帰る
祖父の墓石に刻まれた父の名前を見る度に
みんないつかは必ずその日がくるのだと再確認する

生まれてきて生かされていることは幸せなことだけれど
長く生きたいとは全然思わないし
戻ってやり直したいことも
焦がれるような戻りたい日々も
ひとつもない

近くであろうと遠くであろうと
夢や目標を定めてそれに向かうなんて
考えたことがないし
なにかを定めてしまっては
それに向かえない日々が多すぎる

人間いつ死ぬかわからないから
今やれることをやろうとも違う
ただ淡々と
決められたことを
決められた日々を
生きるだけ
ただ淡々と

いつだって生きることは苦しいけれど
みんないつかは向こうの世界にいけるんだし
苦しむことで自分で自分を幸せにしていることに
気づけるように
もしかしたらそれが
私が嫌いなヴァイオリンを
弾き続ける理由かもしれないから


*写真*
リサイタルでのリハーサル風景と
終演後ロビーにて

July 18, 2011

久々の帰国。震災後初めての日本。

空港に降り立った時いつも一番に出迎えてくれる、
「おかえりなさい。」という看板。
私はこの看板がとても好きで、これに何度安心したかわからない。
アメリカの空港で出迎えてくれる"Welcome back!"の言葉とは違う、
日本語独特の風情。大切なもの。

帰国する度に感じる、変わる想いと変わらない想い。 
日本の街は所帯染みていて、小さな島国で空も低い。
人は皆、背も低く鼻も低く、おまけに腰も低い。
外国と比べると、画にならないことが多いけれど、 
そういう日本の画にならない"カッコ良く"ないところが、
私はやっぱりとても好き。

元々なにもなかったけれど、
どこの国にいたいかも、誰といたいかも、もうなんだかなにもない。
いつだって自分のいる場所が自分の国で、
自分の話す言葉が自分のアイデンティティーで、
どんな風に生きていたって、大切な人はいつもすぐそばにいる。
色んな場所から色んな場所へと生き動いていく度、
どんどんどんどん洗われてなにもなくなっていく。
でも、なにもないことは、
深くこだわりがあることと本当はイコールな気がする。
なにかに対して中途半端じゃない人は、
なにも持っていないフリができるように。

生きて行く中でずっと、
そうなり続けられたらいい。


*写真*
シカゴの自宅からいつも見ていた夕日
見慣れた景色のウィリスタワーと市立図書館
そして通い慣れた大学とその向こうに広がるミシガン湖

June 06, 2011

建物内すべてが貸し練習室やたくさんの楽器屋さん
オーケストラのリハーサルスタジオや楽譜屋さんなどでうまる
古い古い9階建てのFine Arts Building
手動エレベーターで上がっていく
その中のお気に入りの楽譜屋さんで
新しい楽曲探し

楽譜や楽曲は
外との出逢いのようで
実は自分の内と内との出逢い
どんなに好きな曲でも
どうしても今は弾けないという時もあるし
あんなに気の向かなかった曲でも
今こんなに気が合うこともある

新しいことをみつけたり
新しくなにかを始めたり
新しい人に出逢ったり
それで私はわくわくしたりしないし
それを求めてもいないけれど
ひとつのことをずっとやってこそ
私はずっとどこかでわくわくしていられる
自分の内と内とでもう充分すぎる
そこに他者や外のものはなにも必要ない

毎日同じ場所で毎日同じことをする
それが毎日新しいってことだと思ってる 


先日私が出演した、東日本大震災被災者支援チャリティーコンサート"Japan Earthquake Relief Fundraiser Benefit Concert"含め一連のチャリティーイベントがALSO出版さんの"The Sax"という雑誌の7月号に掲載されているそうです。
よかったらチェックしてみて下さい。

May 13, 2011

Sweet Home Chicago

以前ある人に
「あなたのことは、通り過ぎるだけの人だと思ってますから。」
と言われたことがある

その時は
傷ついたわけでも驚いたわけでもなく
なにも知らないんだなぁこの人は、と
ただ漠然と思ったのを覚えている

でも今になって
「通り過ぎるだけの人」とは
なんて真っ当なんだろうと思える
人生はすべて通り過ぎるだけで
通り過ぎない場所も
通り過ぎない人間もいない
出発点も到着点も
生きていても死んでいても
私は同じだと思ってる

人生はただの"つなぎ"みたいなもので
前にきっと誰かが生きていたであろう人生を
私は今たったのここ数十年生きるだけで
だからこの先私が死んでも
私のそのあとの人生を
また誰かが生きてくれるだろうと思う
それはもしかしたら
人間ではないかもしれないし
クラゲとかトンボとかかもしれない
でもそれは終わりではないし
始まりでもなんでもない
ただただどんどんつながっていくもの
世界なんて超えた大きな大きな流れの中の
一瞬そこにちょこっと私も顔を出せたかなぐらいで
私はもうお腹いっぱいすぎる

だから良いことも悪いことも
誰かに褒められることも怒られることも
理解されることも誤解されることも
好かれることも嫌われることも
幸せなことも不幸なことも
あんまり興味をそそられない
失敗や悲しいことよりも
成功や良いことがあるように頑張ろうとも
幸せなことがいい人生だとも
全然思わない

でもどこにも行き着かずに
通り過ぎるだけだからこそ
その途中で色々な人に出逢えたことを
色々な場所に印を付けられたことを
色々な人に愛してもらったことを
私は大事にしようと思える


*写真*

シカゴ最後の日
すべては通り過ぎるだけ、という気持ちなので
寂しさも未練もなにもないですが
シカゴ観光など全くしなかった私が
なにかあってもなにもなくても唯一よく足を運んだ 
シカゴでの私のベストビュースポットへ
シカゴの景色を見ながら最後は楽器の上で寝る私
夜はもっともっと素敵な夜景*