December 24, 2012

Merry X'mas

クリスマスデイ 

お買い物をしても 
レジを終えると"メリークリスマス!"と言われ
街を歩いていてもバスを降りる時でも必ず
"メリークリスマス!"と声をかけられるこの季節

私は我ながら難しい性格なので 
普段はなるべくなら人に話しかけられたくないと思っているし
特に一人で歩いている時など
よくあるアメリカ特有の
その服可愛いね!どこで買ったの?
などと街で見知らぬ人に話しかけられると
あからさまに怪訝な顔をしていると思う
ほんとうに大事な人と大事な時間を過ごすため
なるべく無駄なエネルギーを使いたくないので 
その後たぶん一生会わないであろう一期一会の人と
その場限りの会話や会釈で
その一瞬少しだけいい気持ちになってしまったりすることが
とても苦手だしそんな風に極端にしか生きられない

でも以前友人が初めてシカゴに来て
シカゴ交響楽団のコンサートを聴こうと
チケットカウンターに並んでいたところ
あるおばあさんがやってきて
「一緒に来るはずだった相手が急に来れなくなってしまったから、
一枚どうぞ。」とチケットを 譲って下さり
"メリークリスマス!"とそれを手渡された時
とても感動したと話していた 

思えば公共の場で交わされる外国の挨拶は 
とても個人的な言葉が選ばれ使われていて 
日頃、人と顔を会わせる度
もう無意識なほどよく聞かれる"How are you?"や
週明けの決まり文句とも言える"How was your weekend?"でさえ 
煩わしく思う私でも 
こういう時ばかりはなんだか
あたたかい気持ちになったりする


皆様にとって素敵なクリスマスでありますように*
Wish you a very merry Christmas!!

December 12, 2012

コックピットから滑走路をみたことはないけれど
なんとなくどこまでも続く滑走路みたいだなぁと思うこの景色
ジョン・ハンコック・センターからみる夜のシカゴの街 

アメリカは大統領選挙が終わり
 11月末のサンクスギビング
ブラックフライデー、サンバーマンデーと続き
街は一気にホリデーシーズン 

人生一つの大きな流れ
人間何も残さずただ通り過ぎていくだけのものとえば
節目なんてあってないようなものなので
この一年を改めて振り返るのは難しいけれど
演奏時の音楽との呼吸の合わせ方のように
その音楽自身がもつ呼吸に添った呼吸をしていれば
例えどんな状況下であっても流れが止まってしまったり
緊張してしまうことがないように
できるだけ無駄のない身の丈に合った
そして自分の人生に合った呼吸ができるように 

世の中の価値観で言われているように
もしかしたら今はもうそんなに良い時代では
なくなってしまったのかもしれないけれど
今しか知らない私はこんなに良い時代を他には知らない
日本も自然災害色々な恐怖の付き纏う国になってしまったけれど
それも今に始まった話ではない
敢えてそこだけを指摘していても
愛があるからこそ戦争が起こるのと
同じことのような気がす

どこにいても何をしていても
当たり前に色々な種類の人間が混在しているし
様々な煩わしさの中で生きてかなければならないけれど 
できるだけ誤解のない生き方を心がけ
自分が守りたいものだけをまず守ることができ
伝わる人にだけ深く伝わればそれでいいと思えるように
これからまた一年生きていけたら思う

*HAPPY HOLIDAYS, everyone!!!

November 16, 2012

GC

前回更新したブログの写真は
初めて行ったグランドキャニオン

グランドキャニオンへは
人生で一度は絶対行ったほうがいい
行ったら人生変わる、などと
色々なところで言われているけれど
でも私は人生変わりたくないし
そんなきっかけ求めてもないなぁと思いながら
それでも流れにのっていった

前回投稿した二枚目(下)の写真
左端に写っているのはスカイウォークという展望橋
床が全面ガラス張りでできているため
足下を見れば下はもう谷底
高所恐怖症でなくとも
そこへ一歩踏み出す時は結構な恐怖
そして、写真上
岩の形が翼を広げた鷲に見えることから
イーグルポイントと呼ばれている場所

イーグルポイントの向こう側からは
なにかが沸き立つようだったし
何千万年前から続く歴史を感じもした
どうしても日本の山の形に親しみがあるからか
グランドキャニオンのどこまでも平らに続く峡谷は
いつまでも不思議だった

でも最後に思うことは
私にはやっぱり頑張ってまでみたい景色は
ないんだなということ
旅行や名所旧跡、観光スポットには興味がないし
日常を離れてまで行きたい場所もない
同じ場所にいながらにして心で旅が出来て初めて
旅がいい、旅が好きだと言えると思うし
日々同じことの繰り返しの生活、人生の中で
それでも変わっていく景色や今いる場所
いつも近くにいる人たち
そういうものが一番みたい景色で
なにより胸につまる
そういうことを改めて思う

November 02, 2012

11/02/2012

生まれて初めてアメリカという国に来て
大学のオリエンテーションが終わり
一緒に来てくれていた母が
じゃあ行くね、と言って帰ってしまった日
知り合いもいない友達もいない
言葉も話せない土地勘もない
そんな異国で私はほんとうに一人になった
それまでも心のどこかで
いつも一人だったような気がしていたけれど
あの時一人になって初めて
私は今までほんとうに一人になったことはなかったんだとわかった
閑散とした大学の練習室でブラームスを弾いていたら
ボロボロボロボロ泣けてきて
初めて素直に"寂しい"と思った
思えばそれが私のアメリカ生活の始まりの
強烈な印象

外国にいくと圧倒的に孤独と言われるけれど

例え外国でなくてもどんな環境であっても
こういう経験は誰しもあるものではないかなと思う

でも嬉しくも悲しくも

人間は環境にこそ慣れなくとも
感情には慣れていく生き物で
孤独とも仲良くなることができるし
もう一人でもあの時のような寂しさを感じることはない
でも今日はそうして独りで生きることを頑張り始めた
あの最初の日によく似た
一つの終わりであり旅立ちの日

いつだって終わりはやってくるし

終わりがあるから美しいし
終わりがあるから耐えられるものもある
いつか必ず終わるとわかっているから
毎日を生きていられる

ほんとうに感謝していたら

感謝しています、とは
なかなか言葉にする気持ちになれないけれど
今日だけは
あの日からずっと支えてくれた人たちに
ありがとうと言葉で思う

またそれぞれがそれぞれに

いるべき場所を温め合って
離れていてもいつも大切にし合えるようにと

October 18, 2012

サンフランシスコにある
海沿いのレストラン

遠方からの来客があり
こんな時しか機会がないからと
父と母が新婚旅行で来たというこのレストランに
それ以来、実に云十年以上ぶりに行くことになった

月日がまわりまわって
まさかその場所に私が一緒に行くことになる日が来るなんて
海の向こうに見えているのは
昔、シカゴの有名なギャング
アル・カポネが収容されていたとも言われている
アルカトラズ島

壮大な海を目の前に頂くクラムチャウダーは
ある意味とても現実的だけれど
それはそれは美味しくて

無理に作られた丁寧な接客でも
また無愛想でもなく
ただ淡々とお料理を運んできてくれるウエイター
日本でのように嫌でも無意識に
他の人たちの会話が理解できてしまう煩わしさも
ここにはなくて
海の音や他の人間のたてる音、そして言葉も
すべてがただの音に聞こえる
こういうことが私にとっての
外国で暮らす好きなところの一つでもある

他人のことなんてどうだっていい、と
いい意味でほんとうに思える瞬間

October 17, 2012

天井から差してくる神聖な光

溜まりに溜まってしまった写真たちを
少しずつアップデート
シリコンバレーにある実家の
すぐ近くにあるスタンフォード大学内の教会
Memorial Church
私はクリスチャンでもなんでもないのだけれど
教会に行くと昔からいつもとても安心する

それぞれがそれぞれのことを考え
それぞれの時間だけを使って
言でただそこにいるからかもしれない
こういう場所にいると
祈ることと赦すことがふっと突然理解できたりする

ヨーロッパで暮らしていた頃の生活には
いつもどこかしらで教会の鐘の音が鳴っていて
外国特有の木々や風景と共に
そこにまた音楽があった

アメリカは歴史が薄いので
ヨーロッパの教会のような趣まではいかないけれど
ここはアメリカの中ではとても好きな教会の一つ
こんな大きなパイプオルガンまで 

練習の合間にちょこちょこと出かけて行っては
音楽から離れた自分を整えたくて
この空間にただただ自分を沈ませたりしてみる
でもここでバッハの無伴奏でも弾いたら
とても綺麗だろうなぁ、なんて
結局は音楽家っぽいことを考えたりしながら

October 04, 2012

Sedona

旅行嫌いの私が
友人の訪問も手伝って重い腰をあげて行ってきたセドナ
スピリチュアル、癒し、またパワースポットとしても知られる街

折角この街まで来たんだから、と
初めてサイキックリーディングなるものをしてもらうことに

軽い気持ちでいた私は
小部屋に通されサイキックリーダーなる方にお会いした途端
「あなたは小さい頃から大人の内の内にある嫌な部分や本当の気持ち、周りの人間のことがよくわかりすぎて、みなくてもいい部分までみえてしまって苦しかったでしょう?それは今もそうね。それで自分のことを周りや人のために使ってずっと生きてきたのね。自分の人生ではなくて、周りが生きてほしいあなたの人生を優先してきた。でも今度はあなた自身の番よ。周りがあなたにどう生きてほしいかではなくて、自分が本当に幸せだと思うことだけを考えなさい。周りはもう関係ないのよ。」と一息に言われて
突然のその言葉にぽろぽろと涙が出てきてしまった
もう自分が本当に幸せだと思うことだけに生きなさいと
はっきりとそう第三者に言ってもらえることの安心感


そして少し落ち着いてから
「あなた、音楽がすごく合ってるわね。でもあなたの使命は、音楽だけじゃなくて、カウンセラーみたいなことよ。後々は色々な人があなたにアドバイスを求めてやってくるでしょう。自分の演奏活動もそうだけれど、人に教えることも、とても合っている。なぜならあなたは音楽だけじゃなくて、人に人生を教えることができるから。あなたの音楽や言葉で救われる人がいる。あなたは音楽や言葉、文章を通して、人をカウンセリングする力がある。それは一生の使命としてこれからもずっと続けていきなさい。でもそれはあなた自身もやりたいことだからいいでしょう?」と。 

他にもたくさん
守護霊の方のお話や実際に何月に〜があるよ、というような
ちょっと怖いけれど物理的なお話まで
でもそれはすべて、当たってる!というような
占い的なそれとは全然違う魂の言葉で 

良い言葉がたくさん詰まっていたので
セッションを録音しておけたらよかったな、と思ったのだけれど
その時胸にこみ上げてくるものは
やっぱり録音では得られないものだか

後々忘れてしまったとしても
それでも必要な言葉は絶対に残るし
何をどうしたって忘れないだろう


セドナ以外では
たまにこういう方にみて頂ける機会があるのだけれど
いつも一番素直に思うのは
突拍子もなく違う人生を歩んできていなくてよかったな、ということ

ちゃんと自分に合った
与えられたものを生かした人生を歩んでこれていてよかったな、と
ものすごく合わないことをやっていたり
魂の方向とは全然違う方を向いてしまっていたり
いるべき場所とは全然違う場所で生きてしまっていたら

そうはなかなか思えない
でもそうではないから
何を言われても、どんな言葉を頂いても、
いつも、あぁそうなんです、とちゃんと聞くことができ

腑に落ちる言葉としてとても納得できるから
本来与えられた魂や能力、現世でこれをやりなさいと
与えられた学びや経験とは全然違う方向にいっていたら
それはそれで今ある苦しみや寂しさとは

また全然違った苦しみになってしまっていると思うのだけれど
そういう意味では
しなくてもいい苦労や試練は通っていなくて
ちゃんと経験しなくてはいけない苦労や試練だけを
やらせてもらえている人生なんだな、と思える

そう思えることが一番の安心でもある

でもこういうものをただ頼りにしているだけでは
何の意味もなくなってしまうし
最終的には自分だけの人生だから
こういうものも超えていかないといけないな、と改めて思う 


*写真*
絵の具で描いたような青い空、とよく喩えられるけれど、
写真加工は一切なしで、この空の青さ。
真っ青な空と赤土のコントラストがどこも素敵だった。
セドナに着いただけで、肌がビリビリしてきたり、
肌から金粉が出てしまう人もいるとか。
私は残念ながら?そんな反応は全くなかったのだけれど笑、
でもセドナに降り立って一つ思うことは
世界は広いな、ということ。
それは行かなくてもわかっていたことだし、
取り留めもないけれど、ほんとうにそう思った。
遥か彼方の島国で起きていることなんて、
嫌な言い方をするならば、もう本当にどうでもいいし、
そしてさらにこんな小さな自分の周りの出来事なんて、
もうほぼほぼどうでもいいことばかり。笑
でもそう感じさせることができるのが、
自然のすごさであり、パワースポットという意味なのかな、と思う。

September 13, 2012

久々のアメリカ
どこまでも続くまっすぐな道

カリフォルニアには
ほとんど雨が降らない
ただひたすらに、毎日晴れている
私は寒くて暗い場所と国民性が好きなので
本来ならアメリカはめっきり合わないのだけれど
今日なにが起きてどんなことがあっても
明日起きれば必ず晴れている、と思えることで
時々救われたりもする

夏の終わりの誕生日を機上で過ごした私は
チェックインカウンターの皆さんから
フライトアテンダントの皆さんまでもが
「橋森様、お誕生日おめでとうございます!」と
サービス中や見かける度に話しかけて下さり
また、フライトの最後には
飛行中に話した些細な会話にふれた
丁寧な手書きのお手紙とプレゼントまで頂き
一人寂しく空の上で過ごすつもりが
思いがけずとても素敵な時間になりました
ありがとうございました 

たくさんの出逢い
そしてまたたくさんの経験をさせて頂いたこの夏
外の世界はその一瞬でこそ刺激的かもしれないけれど
それは長くは続かないもので
反対に自分の内なる世界は
一人でいても、いつまでいても飽きることがない
自分がほんとうに必要としているものは
外から取り入れるのではなく
もう既に自分の中にあるそれ
自分で自分の中で探して生きていく方が
よっぽど長く強い

人と離れることも
今が変わっていくことも
なにかを選び、また捨てながら
色々なことを切って生きていくことも
決して怖いことではないし
幸せなことがいいことだとも
幸せがすべてではないことも
少しずつ気づいてきた

一つ歳を重ねたこれからの新しい一年
そういうものを大切に生きていけますように

September 04, 2012

NAGANO国際音楽祭

NAGANO国際音楽祭が無事終わり
短くて濃い夏が過ぎ、ようやく少し一段落

もう何年前になるだろう? 
以前、音楽祭の皆様のオーケストラをバックに
ルートヴィッヒ・ミュラー氏と 
バッハのドッペルコンチェルトを共演させて頂いた時から 
今年はシュメル・アシュケナージ氏の専属通訳として
私は数年ぶりの音楽祭参加に

すべてを終えて、ひとつ本当に思うのは
生徒を教える、生徒を持つ、ということは
その子の人生を丸ごと預かることだな、ということ

アシュケナージ氏の言葉を伝える作業の中で
私の方が学ばせて頂くことがたくさんあり
とても貴重な時間を過ごすことができたけれど
またその一方で、それが例えどんな人間であっても、
ある人間の奏でる音楽を聴く、ということは
その人と何時間も話すよりもずっと
その人のことがわかってしまうので
毎日毎日たくさんの色々な人の音楽を聴き、
イコール毎日毎日色々な人の人生をみてしまい
キツイ時間でもあった

でもそんな中でも、音楽面はもちろん、
音楽的なこと以外でも人間的にたくさんの素敵な言葉を
生徒さんにかける先生の言葉に私自身何度も救われました

音楽をする姿勢自体がすごく固まってしまっていて
きっと先生や親御さんに
とても厳しく練習させられているんじゃないかな、
と思われる生徒さんには、
"僕が貴方にあげられる一番のアドバイスは、音楽を楽しむことです。
音楽は楽しむもので、それが何より大切なこと。
作曲家オリジナルの楽譜を手に入れるのは簡単だけど、
音楽自体を楽しむこと、というアドバイスの方がもっと大事ですよ。
もしも先生が厳しいのなら、先生を変えていいんですよ。"とか
楽器を弾くことはとても上手なのに、
自分のやりたい音楽がなかなか出しきれない生徒さんには、
"もしもそれが間違ったことだとしても、
何もしないより何かする方が断然素晴らしいことです。
だからなんでも怖がらずにトライして下さい。"とか

また、とあるまだ幼い生徒さんのレッスンの時には
演奏を聴いたあと、親御さんだけとプライベートでお話ししたいとレッスン会場の外へ

そこで、
貴方のお子さんはまだ幼くて可愛いし
ヴァイオリンをやらせることがその子自身の幸せに繋がるかどうかわからない
その子にはその子だけの大事な子供の時間、子供の時期があり、
また青年期があるし、それをすべてヴァイオリンに費やしてはいけない。
子供が"ヴァイオリンを弾く"ということだけに
親や先生や周りが注目しすぎてはいけないし
その子がヴァイオリンを弾くためだけの環境を守りすぎてはいけない。
その子がもし音楽家として成功したならば
それがその子自身の人間的な幸せかどうかはわからないけれど
その場合はそれでいいかもしれない
でももし、音楽家として成功しなかった場合
その子からヴァイオリンがなくなってしまっても
その子自身が自分を空っぽだと思わないような
人間にならなければならない
だから親御さんや先生は"ヴァイオリンが弾ける"その子ではなく
ヴァイオリンと子供自身を切り離してみなければならないし
音楽に関してお子さんになにかを強要しないように、
というようなお話をされた

いつか彼が言っていた
「親は時々、子供自身の幸せ以上に子供を幸せにしようとする。」
という言葉を思い出した

あぁしていたらこうなっていたのに、というような
物理的なことではないけれど
私もこういう言葉をもっともっと小さい頃に
かけてもらっていたら、と思うと涙がでてきてしまった 

でも
今この瞬間だけ良くなり頭を使わずに弾くような演奏や
パッと言われてパッと良くなる即効薬のようなレッスンなど
音楽的にも人間的にもその場限りの生易しい言葉は決してかけない
時にそれはとてもシビアで
でも音楽に対して誠実でいようとするが故の言葉であり
そして何がほんとうに彼ら生徒のためを思ったアドバイスであるか、
ということを思えば当然のように思う

私がアシュケナージ氏に出逢ってから早6年が経つけれど
お互いが似たような音楽や同じ種類の表現を持っていて
自分に元々あった良いものをどんどん伸ばしてくれるような
楽しくなるような気持ちの良いレッスンではなく
彼にあるものが私には一つもないという
いつも逃げ出したくなるようなレッスンから始まり
それでも必死になって真摯に本物を突きつけてくれる彼がいて
その気持ちがあってここまで続けてこれた
彼に出逢って、音楽とはほんとうは何なのか、本物が一体何なのか、そして、世の中の色々な雑念にとらわれて
そういうものを見る目や聞き分ける耳を今まで養ってこれなかった、
ということをとても考えるようになった 

彼は人間的に先生気質ではなく真にただの芸術家
自分自身ですべてであり、人にものを教えるように
他人に自分の夢や希望を託したりする欲が全くなく、
また、商業的なことには全く興味のない人
芸術家である自分自身を本能のまま突き通すことができるからこそ
彼はあぁいう音を出すことができるんだと思う
それが彼の教えのすべてであり
それ以上のものは何も必要ないのだと改めて思いました 

どうかそれぞれがそれぞれに
彼が伝えてくれた音楽や、かけてもらった言葉が
私の拙い通訳を通してでも
そのままの意味で伝わっていることを願うばかりです


NAGANO国際音楽祭実行委員会の皆様、
スタッフの皆様、ボランティアの方々、
本当にお疲れ様でした*ありがとうございました* 

*写真*
音楽祭最終日、
信州国際音楽村・ホールこだまにてゲネプロ風景

August 18, 2012

今回の日本滞在も残り少なくなってきて
色々なものに少しずつ別れを告げながら

私の海外生活も人生の半分を越えてきていて
物理的な移動はもうさすがに慣れたものだけれど
大切な人たちに、じゃあまた向こう戻るね、と
言う度にやっぱり心の中では涙が出る

圧倒的に遠く孤独で、そばにはいられないし
いざとなってもすぐに会える距離にはいない
母国以外の国で暮らすってこういうこと
海外で生きるってこういうことなんだ
改めてそう思う

認知症が始まってしまった祖母にも
最後にバイバイ、と言って
例え認知症でなくても会う時にはいつだって
これが最後かもしれない、と思ってきたものだけれど
人間はやっぱり幸せな生き物で
そのことを普段は忘れてしまう
でも日々少しずつ色々な物事を忘れていく祖母を前に
きっとこういう時間はもう二度と戻らないということを
ちゃんと祖母が生きて目の前にいる間に
感じなければいけないなと思う
そして、周りの人間は忘れ始めた人を前に
なんとかそれを食い止めようとか、
忘れないようにさせよう、と頑張るらしいけれど
私はどんどんどんどん忘れていけばいいと思う
今はまだわかっている私のことも
祖母はいつか忘れていくと思うけれど
それはちっとも悲しいことではないし
それが人間本来の姿であり
 かかる時間や時期は違えど
 誰しもがいつか必ずそこに辿り着くんだから

それは私には頑張って生きたからこそ許される
ご褒美みたいにみえる
もう充分頑張って生きて苦しんだんだから
お疲れさま、もう全部忘れていいよ、
と言われているような
祖母にもそうやってただ本能のままに
祖母が一番幸せな状態になって
また会える日まで楽になっていってほしい

束の間、東京での休憩を経て
来週から音楽祭のため信州へ
恩師が来日し、アテンドやレッスンの通訳など
怒濤のスケジュールが待っている
その後すぐ海外へ
さて、二つの旅のパッキングを始めなくては
*先日、『トッカン 特別国税徴収官』を
ご覧になって下さった皆様、ありがとうございました*
テレビ収録は、普段のコンサートとはまた違った音楽の仕方でもあり、まだまだ至らないことだらけですが、うまく言葉にできないけれど、20代で仲良くできなかった人たちと30代では仲良くできる、そういう種類の音楽な気がしています。自分がなにも定まっていなかったらとても辛いし無理だけれど、自分自身を極めれば、寛容になれる、なんとなくそういう気持ちな気がします。
監督始め、スタッフの皆様、キャストの皆様、ありがとうございました*
 
*写真*
(上)重要文化財・旧三笠ホテルへの道@軽井沢
自転車に乗れない私を二人乗り用自転車の後ろに乗せて
坂道をガンガン登ってくれる体育会系女子と

(中・下)
たまたま通りかかった湖と
たまたま見つけた可愛い教会・森のチャペル軽井沢礼拝堂