December 05, 2013

Latin GRAMMY Awards

グラミー賞授賞式

周りのミュージシャンは皆
レイ・チャールズや、マイケル・ジャクソン、エルビス・プレスリー、
フランク・シナトラ、ロット・スチュワート、ジョン・ウィリアムズ、
トーマス・ニューマン、ブライアン・マックナイトなどを手がけてきた方々

私は音楽のジャンルもフィールドも違うので
なぜ私が呼ばれたんだろう?状態だったけれど
私はクラシックよりもこういう音楽を聴いて育ってきたので
皆の極めきった"楽器"のうまさに刺激をもらいながら

"バンドマン"と聞くと
その言葉が含むナルシシズムなイメージから
あまり好きな種類の人間ではなかったけれど
皆仙人のようなおじいさんたちばかりで
若い頃からの人生の日々を
毎日狂ったように楽器を触ってきたんだろうということが
複雑でない感じに、でもしっかりと伝わってきて
そして歳を重ねた今も
音楽をしている瞬間が楽しくて仕方がないんだと
静かに想っている感じが
納得せざるを得ない素敵さで

リハーサルの休憩中
ギタリストが突然ジミ・ヘンドリックスの"Foxy Lady"を弾き始めると
ベーシストがそれにのり、そしてバンドメンバー皆がのっていき
ジミヘン一色になったり
リッキー・マーティンの衣装のサイズがどうしても気になってしまったり笑
カルロス・サンタナにギターソロを弾きながらウィンクされたりしながら笑
異空間ながら終始ドキドキする素敵な時間でした

そして改めて
一つの大きなイベント
また一人一人のアーティスト、ミュージシャンをサポートして下さる
膨大な数のスタッフの皆様に
尽きない感謝を込めて 

November 14, 2013

Elliott Carter Tribute Concert

先日行われた
エリオット・カーター トリビュートコンサート

今まであまり深く関わることのなかった現代音楽
私はアメリカの音楽大学で学んだこともあってか
あまりメジャーでない作曲家の曲であっても
アメリカ人作曲家の作品に触れる機会は
ヨーロッパで学んでいた頃より多かったように思う
けれどただ"勉強"をした曲と実際に自分で演奏するのでは
もちろん全然別物の難しさがある

今回弾かせて頂いた
"4 Lauds for solo violin"という曲
4つの小品が集まっている中の一つが
米テロ9.11の時に書かれたということもあって
音を出す度にいろいろな情景が浮かんでしまい
何度も楽器や精神をもっていかれてしまったし

様々な楽器編成を織り交ぜながら
すべてエリオット・カーターのプログラムで構成されたコンサートを通して聴き
最後の最後に残った気持ちは
やっぱり「よくわからない」だった
真面目な気持ちでほんとうにそう思った

自分がわかっていないということを知っている人間の方が
わかっていないことを知らない人間より良いなどと言われているけれど

「わかる」ことなんて他人とは共有できないし
自分以外の人間とわかり合うことなんて
永遠にないと私は思う
例えお互いがわかるよ、と言い合っても
その人の理解の分量は
自分のそれと完璧に一緒ではないのだから
そしてそんな馴れ合いは求めてもない

「わかる」と言う人のわからなさ
そして「わからない」と言う人の深いわかり方

結局何事も
わからないということがすべてなんじゃないかと思う
今回改めて関わった現代音楽やカーターから受け取ったものは
そんなメッセージだった気がする

次はラテングラミー賞授賞式でのコンサート
また新しい音楽、新しい世界がある

*写真*
フライト前、搭乗ゲートにて。
野球やサッカーを差し置いて、アメリカでは何よりも人気なスポーツ、
アメフトの試合に夢中なアメリカ人たち。

October 23, 2013

米ハーバード大学医学部を出て
医者にならなかったという石川善樹氏のプレゼンテーション

The Secret of Life: What Really Makes Us Live Longer 

様々な研究の結果
人間の寿命を延ばすものは
運動をすることでも、太りすぎないことでも、
お酒を飲み過ぎないことでも、煙草を吸わないことでもなく
「つながりを持つこと」(Social Relatiohship)だという

例えば自分が入院してしまった時
一度、ではなく、何度もお見舞いに来てくれる人が
あなたは何人いますか?という話に

急性心筋梗塞で入院した患者さんの半年以内の死亡率は
誰もお見舞いに来てくれない患者さんが69%
サポートしてくれる人間が一人いるだけで43%
二人以上いるだけで26%まで下がるという

色々な場所で良く耳にし
また手放しに大切だと言われている
 「つながり」

感謝することは別物とし
誤解を恐れずに言うならば
私はつながりや絆という言葉が好きではない

人生はそんなに長くないから
"みんなと仲良く"なんてしている時間はないし
つながりを大切にするどころか
気のないところに無駄な縁をつくらないよう
心がけている
それはもしかしたら違う方向から
ほんとうに大切なつながりだけを
守っていることになるのかもしれないけれど

与えられた以上に長く生きたいとも思わないし
長く生きている人間の方が経験が豊富なわけでも
それらを含め偉いわけでも全然ない

でも改めて
人間と人間との関わり方
距離の取り方を考える

October 17, 2013

Upcoming concerts

日時:2013/10/30(水)
会場:Doc Rando Recital Hall, U.S.A.
曲目: Elliott Carter : Triple duo 他

"Live at GVPC Concert Series ~15th Season~"
日時:2013/11/03(日) 19:30開演
会場:Green Valley Presbyterian Church, U.S.A.
曲目:Beethoven : Piano Concerto No. 3 with String quartet 


"Elliott Carter Tribute Concert"
日時:2013/11/05(火) 19:30開演
会場:Doc Rando Recital Hall, U.S.A.
曲目:E. Carter : "Rhapsodic Musings" from 4 Lauds for solo violin


"Latin Person Of the Year GRAMMY Awards"
日時:2013/11/20(日)
会場: TBA
曲目: TBA

October 08, 2013

とある日
珍しい恵みの雨のあとに
自宅練習室の窓に現れたダブルレインボー

次に控えたコンサートにて
クァルテットバージョンで演奏予定の
ベートーベンのピアノコンチェルトを聴きながら
男性の演奏ってやっぱり素敵だなぁと思う

ふといつも思うのは
様々な職業の中でもかなりの割合で
極めた先にあるものは男性なんじゃないかと思う

ピアノやヴァイオリン、弦楽器管楽器、
その大概の楽器が、私は男性が演奏する方がしっくりきてしまう
画家を含め芸術家以外にも、
パティシエ、寿司職人、映画監督、経済界の方々などなど
皆何となくそれに当てはまる気がする
料理は女性がするもの、という感覚の人間もいるし
女性の作る母の味もある
けれど例え料理であっても、極めた先の最終形は男性のもの、
という感じがする

私は自分を含め
女性という生き物自体があまり好きではないので
なおさらそう感じるのかもしれない
もちろん例外もあるけれど
女性特有の何となく言葉では説明しづらい不安定さや
子宮で考えると言われるようにロジカルシンキングではないこと
色々な事柄が彼女ら自身の中で勝手に
誇張されたり控えめになっていたりして
ほんとうは10だったものが100になっていたり1になっていたり
生き方や感情に波がある
なんとなくそういう生き物のすることに
信頼が持てない感じがしてしまう

だからだろうか
好みの問題と思ってしまえば
きっとそうなのだろうし
もちろんそういう不安定な生き物であることが
芸術を通すことで良い方向に反映され
そのものにしか奏でられない音楽もあるのかもしれないけれど
どんなに素晴らしい女流ヴァイオリニストの演奏であっても
うぅ、気持ち悪いところで歌うなぁ、という
媚を売るような生温い色気を音楽の中に感じてしまい
なんだか痒い気持ちになってしまう
男性巨匠陣のような
視覚ではオーバーなことは何一つなく
ただただシンプルで無駄のない
届く音色だけが勝負の音楽になかなか出逢えない 

さらに突き詰めて言うならば
歳を重ねたおじいさんの演奏はもっと素敵だなぁと思う
死が近い感じが強くする
人間皆死との距離は同じはずだから
おじいさんの方が若者より近いということは必ずしもないのだけれど
何となくゆっくりとした死の近づき方が演奏に滲み出ている
そしてそれこそが、音楽の本来の姿な気がするのだ