友人がふと差し出して下さった
茂木健一郎著「すべては音楽から生まれる~脳とシューベルト~」
にあった言葉
「音楽はすべての芸術をつかさどる。
絵画、詩、小説・・・・・ありとあらゆる「芸術」がこの世には存在するが、音楽は、他の芸術とは一線を画するように感じられる。最も生命原理に近い、生命哲学の根幹にかかわる、とでも言おうか。実際、古代ギリシャ以来、音楽は、芸術論の中枢だと認識されてきた。特にヨーロッパ文化においては、音楽を芸術の一ジャンルとしながらも、倫理や精神、さらには創造性の原点としてとらえる思想が、今日にも受け継がれている。それは、「音楽」の語源にも象徴されている。英語で言えば、「music」。これは、ギリシャ語の「musike」から生まれた言葉であり、「ムーサの技」「ムーサのつかさどるもの」という意味だ。ムーサとは、「ミューズ」のギリシャ語名「ムーサイ」の単数形。すなわち、ギリシャ神話における人間の知的活動をつかさどる女神のことであり、「musike」という言葉には詩や舞踏といった美的行為も含まれていたことがわかる。つまり、「music」という語それ自体は、知的表現と不可分な意味合いを持つ言葉であって、「音」という意味は持たない。ここが、日本語で「音楽」という時に想起されるもの・・・・・リズムや音程といった、「music」と比べると限定的で狭義のイメージ・・・・・との違いかもしれない。芸術の神ミューズから直接降り立つもの。命にかかわるもの。古来、音楽を奏でること、音楽を聴くことは、生の本質であるとさえ考えられていたのである。音というものを梯子にして地上に降り立ったミューズ、すなわち「music」の象徴の微笑を、私は探し続けている。それを生み出す物は音だけではなく、思考や情動、生命の躍動とも呼ぶべきものではないだろうか。このように考えるとき、音楽は芸術の一形態を超えた存在として、私の前に現れてくる。」
こういう音楽の意味に出逢える時
自分のしている音楽を好きになることが
今でもひとつの壁である私にとってそれは
大きな大きなきっかけだったりする
音楽っていいな、と手放しでは思えないけれど
あぁ、悪くないな、とほんとうに思えるから
June 14, 2013
May 01, 2013
J-AID
こういう時こういう場所に言葉を綴るのは
普段の私ならとても違和感であり
また何から書き出したらいいのかさえ
まだ整理のつかない状況ではありますが
今日
友人でありいつもいつも応援してくれていた良き理解者でもあり
またNPO法人J-AIDの設立者兼代表者である柏村卓氏の突然の訃報を聞き
どうしても彼の想いを今後も絶やさず繋いでいってほしいと願い
ここに辿り着きました
以前書いた以下の投稿にも彼の活動がありますが
March 19, 2011の投稿
April 16, 2011の投稿
November 14, 2011の投稿
40歳という年齢で突然いなくなってしまった彼は
現在も被災地にとどまり被災地や被災地の子供達のため
そして子供達の未来のために
あらゆるサポートをしている最中でした
今自分にみえている世界だけが世界ではないと思うので
生きていることと死んでいることは
私には同じことのように思えます
だからすべては悲しいだけではありません
でも月並みだけれどやはり
あぁ、明日言おうと思っていたこと
次のメールの返信で伝えようと思っていたこと
今度会ったら報告しようと思っていたこと
そういうことがどこかで突然
パッと言えなくなってしまう瞬間がくること
それは誰の手にも一つずつあって
そしてそれがそれぞれのタイミングでやってきてしまうんだなということを
改めてひしひしと感じます
彼の描いていたものとは違った形になってしまったかもしれませんが
今一度様々な支援のあり方を考え、彼の想い、また精神が
今後もずっとずっと続いていきますように
J-AIDホームページ:http://www.j-aid.jp/home
普段の私ならとても違和感であり
また何から書き出したらいいのかさえ
まだ整理のつかない状況ではありますが
今日
友人でありいつもいつも応援してくれていた良き理解者でもあり
またNPO法人J-AIDの設立者兼代表者である柏村卓氏の突然の訃報を聞き
どうしても彼の想いを今後も絶やさず繋いでいってほしいと願い
ここに辿り着きました
以前書いた以下の投稿にも彼の活動がありますが
March 19, 2011の投稿
April 16, 2011の投稿
November 14, 2011の投稿
40歳という年齢で突然いなくなってしまった彼は
現在も被災地にとどまり被災地や被災地の子供達のため
そして子供達の未来のために
あらゆるサポートをしている最中でした
今自分にみえている世界だけが世界ではないと思うので
生きていることと死んでいることは
私には同じことのように思えます
だからすべては悲しいだけではありません
でも月並みだけれどやはり
あぁ、明日言おうと思っていたこと
次のメールの返信で伝えようと思っていたこと
今度会ったら報告しようと思っていたこと
そういうことがどこかで突然
パッと言えなくなってしまう瞬間がくること
それは誰の手にも一つずつあって
そしてそれがそれぞれのタイミングでやってきてしまうんだなということを
改めてひしひしと感じます
彼の描いていたものとは違った形になってしまったかもしれませんが
今一度様々な支援のあり方を考え、彼の想い、また精神が
今後もずっとずっと続いていきますように
J-AIDホームページ:http://www.j-aid.jp/home
R.I.P. Taku-san
April 11, 2013
アシュケナージ氏邸エントランス
ここへ一歩入るだけで
アメリカであることが嘘のようなヨーロッパの空気に包まれる
まだ私が大学に入ったばかりの頃には
ここへレッスンに来ると
前にフェルメールクァルテットがリハーサルをしていたりして
リハーサルはおろかゲネプロさえ人を入れず
また演奏時にはメンバー同士が目も合わせないことで有名な彼らの
ドア越しに聞こえてくる卓越した静かなリハーサルはとても神秘的で
今でも容易に思い出せる
そういう空気がここにはやっぱり流れていて
畳の上でキャラクターのぬいぐるみや物に囲まれて練習していたり
物や人が和も洋も問わずごちゃ混ぜに溢れ返っている小さな島国では
なかなか創り出せない音がここにはある気がする
もちろん色々な例外はあるけれども
音を出す環境はいつだってとても大事
アシュケナージ氏が読む楽譜は
ほぼすべてが作曲家オリジナルの手書きの譜面で
私がどうしてそうなるのかと問えば
明確な理由と共にその作曲家自身がそう教えてくれているからという答えが返ってくる
そういう風に当たり前に勉強し勉強し続けること
例えどんな音楽家になろうともきっとそう
学ぶことは永遠にある
初めて彼のレッスンを受けた日
最初に「毎回レッスンを録音して下さい。」と言われた
それを繰り返し聴くことはとても貴方のためになるから、と
日本ではレッスンの録画や録音は禁止している先生方もいると聞く
なんでも他の生徒の親御さんや他の先生方に
それを回し見られたりすることがあるからだそうだ
それが困るのもわからなくはない
でもそれは音楽がビジネスであるからで
本物はそんなことをされたぐらいでは減らない
何にも減りはしない
音楽はそんなことでは減らない
彼に会うたびに
音楽に人間としてのまれてしまわないこと
そういうほんとうに大切なことを思ってやまない
ここへ一歩入るだけで
アメリカであることが嘘のようなヨーロッパの空気に包まれる
まだ私が大学に入ったばかりの頃には
ここへレッスンに来ると
前にフェルメールクァルテットがリハーサルをしていたりして
リハーサルはおろかゲネプロさえ人を入れず
また演奏時にはメンバー同士が目も合わせないことで有名な彼らの
ドア越しに聞こえてくる卓越した静かなリハーサルはとても神秘的で
今でも容易に思い出せる
そういう空気がここにはやっぱり流れていて
畳の上でキャラクターのぬいぐるみや物に囲まれて練習していたり
物や人が和も洋も問わずごちゃ混ぜに溢れ返っている小さな島国では
なかなか創り出せない音がここにはある気がする
もちろん色々な例外はあるけれども
音を出す環境はいつだってとても大事
アシュケナージ氏が読む楽譜は
ほぼすべてが作曲家オリジナルの手書きの譜面で
私がどうしてそうなるのかと問えば
明確な理由と共にその作曲家自身がそう教えてくれているからという答えが返ってくる
そういう風に当たり前に勉強し勉強し続けること
例えどんな音楽家になろうともきっとそう
学ぶことは永遠にある
初めて彼のレッスンを受けた日
最初に「毎回レッスンを録音して下さい。」と言われた
それを繰り返し聴くことはとても貴方のためになるから、と
日本ではレッスンの録画や録音は禁止している先生方もいると聞く
なんでも他の生徒の親御さんや他の先生方に
それを回し見られたりすることがあるからだそうだ
それが困るのもわからなくはない
でもそれは音楽がビジネスであるからで
本物はそんなことをされたぐらいでは減らない
何にも減りはしない
音楽はそんなことでは減らない
彼に会うたびに
音楽に人間としてのまれてしまわないこと
そういうほんとうに大切なことを思ってやまない
April 10, 2013
Home Sweet Home
久々のシカゴ
写真は相変わらずの大好きな場所
機内で隣のおじさんにクランベリージュースをかけられ
それを拭くためCAさんにウエットティッシュを 頼んだところ
ナプキンと缶に入った炭酸入りのお水を持ってこられ
なぜかナプキンを炭酸水につけながらクランベリージュースを拭くという珍状況
そんな中降り立ったシカゴは
今までにないくらい自分の気持ちにとてもしっくりときて
4月でもまだマイナスの気温
外に出た瞬間の空気もまだまだ冷たい中
黒人ドライバーの運転するYellow Cabに乗り
ダウンタウンの街並みが見えてきた時の感動はやっぱり"ホーム"で
ダウンタウンのド真ん中には通っていた大学があり
そこを歩けばシカゴ響のメンバーや色々な知人が歩いていて
アポなしで行った弓専門店では
いつものヴァイオリンドクターが優しく迎えてくれる
音楽や美術や建築など
古きも新しきもそこら中に溢れていて
街全体のアカデミックな匂いと
ビルがひしめく都会の中にも
海でも川でもない壮大な湖が流れている感じ
そのすべてが心地良い
写真は相変わらずの大好きな場所
機内で隣のおじさんにクランベリージュースをかけられ
それを拭くためCAさんにウエットティッシュを 頼んだところ
ナプキンと缶に入った炭酸入りのお水を持ってこられ
なぜかナプキンを炭酸水につけながらクランベリージュースを拭くという珍状況
そんな中降り立ったシカゴは
今までにないくらい自分の気持ちにとてもしっくりときて
4月でもまだマイナスの気温
外に出た瞬間の空気もまだまだ冷たい中
黒人ドライバーの運転するYellow Cabに乗り
ダウンタウンの街並みが見えてきた時の感動はやっぱり"ホーム"で
ダウンタウンのド真ん中には通っていた大学があり
そこを歩けばシカゴ響のメンバーや色々な知人が歩いていて
アポなしで行った弓専門店では
いつものヴァイオリンドクターが優しく迎えてくれる
音楽や美術や建築など
古きも新しきもそこら中に溢れていて
街全体のアカデミックな匂いと
ビルがひしめく都会の中にも
海でも川でもない壮大な湖が流れている感じ
そのすべてが心地良い
March 18, 2013
長いようで短かった日本滞在を終え
無事アメリカに戻る
何度戻ってきても何度も思う
やっぱり空が高い
そう感じられるくらいには
私はここでは外国人であり
日本はやっぱり母国なんだなぁと思う
どんなに長く海外に住み
どんなに長く海外で学んでいたことのある音楽家でも
いざ日本に戻ってしまうと
音楽もまた"日本の"音楽に戻ってしまう
それに気づくことさえできないかもしれない
そのくらい母国の空気というのは
血が繋がってしまっていて
馴染みがあり、強く、
また煩わしいものなのだろう
それは西洋の音楽と向き合っている私達にとっては
ずっとずっと戦っていかなければならない壁かもしれない
*写真*
もう真夏のような気温の空の下
通りかかった住宅街の真ん中
ただ眺めるためだけに作られた
人口の湖でアヒルと戯れる男の子を
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