May 01, 2013

J-AID

こういう時こういう場所に言葉を綴るのは 
普段の私ならとても違和感であり
また何から書き出したらいいのかさえ
まだ整理のつかない状況ではありますが 

今日
友人でありいつもいつも応援してくれていた良き理解者でもあり 
またNPO法人J-AIDの設立者兼代表者である柏村卓氏の突然の訃報を聞き
どうしても彼の想いを今後も絶やさず繋いでいってほしいと願い
ここに辿り着きました

以前書いた以下の投稿にも彼の活動があります
March 19, 2011の投稿 
April 16, 2011の投稿 
November 14, 2011の投稿

40歳という年齢で突然いなくなってしまった彼は
現在も被災地にとどまり被災地や被災地の子供達のため
そして子供達の未来のために
あらゆるサポートをしている最中でした 

今自分みえている世界だけが世界ではないと思うので
生きていることと死んでいることは
私には同じことのように思えます
だからすべては悲しいだけではありません
でも月並みだけれどやはり
あぁ、明日言おうと思っていたこと
次のメールの返信で伝えようと思っていたこと
今度会ったら報告しようと思っていたこと
そういうことがどこかで突然
パッと言えなくなってしまう瞬間がくること
それは誰の手にも一つずつあって
そしてそれがそれぞれのタイミングでやってきてしまうんだなということを
改めてひしひしと感じます

の描いていたものとは違った形になってしまったかもしれませんが
今一度様々な支援のあり方を考え、彼の想い、また精神が
今後もずっとずっと続いていきますように

J-AIDホームページ:http://www.j-aid.jp/home 


R.I.P. Taku-san

April 11, 2013

アシュケナージ氏邸エントランス

ここ一歩入るだけで
アメリカであることが嘘のようなヨーロッパの空気に包まれる

まだ私が大学に入ったばかりの頃には
ここへレッスンに来ると
前にフェルメールクァルテットがリハーサルをしていたりして
リハーサルはおろかゲネプロさえ人を入れず
また演奏時にはメンバー同士が目も合わせないことで有名な彼らの 
ドア越しに聞こえてくる卓越した静かなリハーサルはとても神秘的で
今でも容易に思い出せる
そういう空気がここにはやっぱり流れていて

畳の上でキャラクターのぬいぐるみや物に囲まれて練習していたり
物や人が和も洋も問わずごちゃ混ぜに溢れ返っている小さな島国では
なかなか創り出せない音がここにはある気がする
もちろん色々な例外はあるけれども
音を出す環境はいつだってとても大事

アシュケナージ氏が読む楽譜は
ほぼすべてが作曲家オリジナルの手書きの譜面で
私がどうしてそうなるのかと問えば
明確な理由と共にその作曲家自身がそう教えてくれているからとう答えが返ってくる
そういう風に当たり前に勉強し勉強し続けること

例えどんな音楽家になろうともきっとそう
学ぶことは永遠にある

初めて彼のレッスンを受けた日
最初に「毎回レッスンを録音して下さい。」と言われた
それを繰り返し聴くことはとても貴方のためになるから、と

日本ではレッスンの録画や録音は禁止している先生方もいると聞
なんでも他の生徒の親御さんや他の先生方に 
それを回し見られたりすることがあるからだそうだ 
それが困るのもわからなくはない 
でもそれは音楽がビジネスであるからで
本物はそんなことをされたぐらいでは減らない
何にも減りはしない
音楽はそんなことでは減らない

彼に会うたびに
音楽に人間としてのまれてしまわないこと
そういうほんとうに大切なことを思ってやまない

April 10, 2013

Home Sweet Home

久々のシカゴ
写真は相変わらず大好きな場所

機内で隣のおじさんにクランベリージュースをかけられ
それを拭くためCAさんにウエットティッシュを 頼んだところ
ナプキンと缶に入った炭酸入りのお水を持ってこられ
なぜかナプキンを炭酸水につけながらクランベリージュースを拭という珍状況
そんな中降り立ったシカゴは
今までにないくらい自分の気持ちにとてもしっくりときて

4月でもまだマイナスの気温
外に出た瞬間の空気もまだまだ冷たい中
黒人ドライバーの運転するYellow Cab乗り 
ダウンタウンの街並みが見えてきた時の感動はやっぱり"ーム"で 

ダウンタウンのド真ん中には通っていた大学があり
そこを歩けばシカゴ響のメンバーや色々知人が歩いていて
アポなしで行った弓専門店では
いつものヴァイオリンドクターが優しく迎えてくれる 

音楽や美術や建築など
きも新しきもそこら中に溢れてい 
街全体のアカデミックな匂いと
ビルがひしめく都会の中にも
海でも川でもない壮大な湖が流れている感じ
そのすべてが心地良

March 18, 2013

長いようで短かった日本滞在を終え
無事アメリカに戻
何度戻ってきても何度も思
やっぱり空が高い

そう感じられるくらいには
私はここでは外国人であり
日本はやっぱり母国なんだなぁと思う

どんなに長海外に住み
どんなに長く海外で学んでいたことのある音楽家でも
いざ日本に戻ってしまうと
音楽もまた"日本の"音楽に戻ってしまう
それに気づくことさえできなかもしれない
そのくらい母国空気というのは
血が繋がってしまっていて
馴染みがあり、強く、
また煩わしいものなだろう

それは西洋の音楽と向き合っている私達にとっては
ずっとずっと戦っていかなければならない壁かもしれない 


*写真*

 もう真夏のような気温の空の下
通りかかった住宅街の真ん中
ただ眺めるためだけに作られた
人口の湖アヒルと戯れる男の子を

March 11, 2013

3.11

3.11 
アメリカでも
各地で追悼式典

絆?想いを一つに?
忘れちゃいけない?
薄れちゃいけない?
復興?福

それはそ
それはそれぞれに

人間は忘れていく生き物だからこそ生きていけるのだし
忘れられないことはずっと忘れない
だから
ただ淡々と日々を過ごすこと
ただ淡々と生きていくこと
それが生きているものにできるすべてのこ
ただそれを続けていくのみ