コックピットから滑走路をみたことはないけれど
なんとなくどこまでも続く滑走路みたいだなぁと思うこの景色
ジョン・ハンコック・センターからみる夜のシカゴの街
アメリカは大統領選挙が終わり
11月末のサンクスギビング
ブラックフライデー、サンバーマンデーと続き
街は一気にホリデーシーズン
人生は一つの大きな流れで
人間皆何も残さずただ通り過ぎていくだけのものと思えば
節目なんてあってないようなものなので
この一年を改めて振り返るのは難しいけれど
演奏時の音楽との呼吸の合わせ方のように
その音楽自身がもつ呼吸に添った呼吸をしていれば
例えどんな状況下であっても流れが止まってしまったり
緊張してしまうことがないように
できるだけ無駄のない身の丈に合った
そして自分の人生に合った呼吸ができるように
世の中の価値観で言われているように
もしかしたら今はもうそんなに良い時代では
なくなってしまったのかもしれないけれど
今しか知らない私はこんなに良い時代を他には知らない
日本も自然災害や色々な恐怖の付き纏う国になってしまったけれど
それも今に始まった話ではないし
敢えてそこだけを指摘していても
愛があるからこそ戦争が起こるのと
同じことのような気がする
どこにいても何をしていても
当たり前に色々な種類の人間が混在しているし
様々な煩わしさの中で生きていかなければならないけれど
できるだけ誤解のない生き方を心がけ
自分が守りたいものだけをまず守ることができ
伝わる人にだけ深く伝わればそれでいいと思えるように
これからまた一年生きていけたらと思う
*HAPPY HOLIDAYS, everyone!!!*
December 12, 2012
November 16, 2012
GC
前回更新したブログの写真は
初めて行ったグランドキャニオン
グランドキャニオンへは
人生で一度は絶対行ったほうがいい
行ったら人生変わる、などと
色々なところで言われているけれど
でも私は人生変わりたくないし
そんなきっかけ求めてもないなぁと思いながら
それでも流れにのっていった
前回投稿した二枚目(下)の写真
左端に写っているのはスカイウォークという展望橋
床が全面ガラス張りでできているため
足下を見れば下はもう谷底
高所恐怖症でなくとも
そこへ一歩踏み出す時は結構な恐怖
そして、写真上
岩の形が翼を広げた鷲に見えることから
イーグルポイントと呼ばれている場所
イーグルポイントの向こう側からは
なにかが沸き立つようだったし
何千万年前から続く歴史を感じもした
どうしても日本の山の形に親しみがあるからか
グランドキャニオンのどこまでも平らに続く峡谷は
いつまでも不思議だった
でも最後に思うことは
私にはやっぱり頑張ってまでみたい景色は
ないんだなということ
旅行や名所旧跡、観光スポットには興味がないし
日常を離れてまで行きたい場所もない
同じ場所にいながらにして心で旅が出来て初めて
旅がいい、旅が好きだと言えると思うし
日々同じことの繰り返しの生活、人生の中で
それでも変わっていく景色や今いる場所
いつも近くにいる人たち
そういうものが一番みたい景色で
なにより胸につまる
そういうことを改めて思う
初めて行ったグランドキャニオン
グランドキャニオンへは
人生で一度は絶対行ったほうがいい
行ったら人生変わる、などと
色々なところで言われているけれど
でも私は人生変わりたくないし
そんなきっかけ求めてもないなぁと思いながら
それでも流れにのっていった
前回投稿した二枚目(下)の写真
左端に写っているのはスカイウォークという展望橋
床が全面ガラス張りでできているため
足下を見れば下はもう谷底
高所恐怖症でなくとも
そこへ一歩踏み出す時は結構な恐怖
そして、写真上
岩の形が翼を広げた鷲に見えることから
イーグルポイントと呼ばれている場所
イーグルポイントの向こう側からは
なにかが沸き立つようだったし
何千万年前から続く歴史を感じもした
どうしても日本の山の形に親しみがあるからか
グランドキャニオンのどこまでも平らに続く峡谷は
いつまでも不思議だった
でも最後に思うことは
私にはやっぱり頑張ってまでみたい景色は
ないんだなということ
旅行や名所旧跡、観光スポットには興味がないし
日常を離れてまで行きたい場所もない
同じ場所にいながらにして心で旅が出来て初めて
旅がいい、旅が好きだと言えると思うし
日々同じことの繰り返しの生活、人生の中で
それでも変わっていく景色や今いる場所
いつも近くにいる人たち
そういうものが一番みたい景色で
なにより胸につまる
そういうことを改めて思う
November 02, 2012
11/02/2012
生まれて初めてアメリカという国に来て
大学のオリエンテーションが終わり
一緒に来てくれていた母が
じゃあ行くね、と言って帰ってしまった日
知り合いもいない友達もいない
言葉も話せない土地勘もない
そんな異国で私はほんとうに一人になった
それまでも心のどこかで
いつも一人だったような気がしていたけれど
あの時一人になって初めて
私は今までほんとうに一人になったことはなかったんだとわかった
閑散とした大学の練習室でブラームスを弾いていたら
ボロボロボロボロ泣けてきて
初めて素直に"寂しい"と思った
思えばそれが私のアメリカ生活の始まりの
強烈な印象
外国にいくと圧倒的に孤独と言われるけれど
例え外国でなくてもどんな環境であっても
こういう経験は誰しもあるものではないかなと思う
でも嬉しくも悲しくも
人間は環境にこそ慣れなくとも
感情には慣れていく生き物で
孤独とも仲良くなることができるし
もう一人でもあの時のような寂しさを感じることはない
でも今日はそうして独りで生きることを頑張り始めた
あの最初の日によく似た
一つの終わりであり旅立ちの日
いつだって終わりはやってくるし
終わりがあるから美しいし
終わりがあるから耐えられるものもある
いつか必ず終わるとわかっているから
毎日を生きていられる
ほんとうに感謝していたら
感謝しています、とは
なかなか言葉にする気持ちになれないけれど
今日だけは
あの日からずっと支えてくれた人たちに
ありがとうと言葉で思う
またそれぞれがそれぞれに
いるべき場所を温め合って
離れていてもいつも大切にし合えるようにと
大学のオリエンテーションが終わり
一緒に来てくれていた母が
じゃあ行くね、と言って帰ってしまった日
知り合いもいない友達もいない
言葉も話せない土地勘もない
そんな異国で私はほんとうに一人になった
それまでも心のどこかで
いつも一人だったような気がしていたけれど
あの時一人になって初めて
私は今までほんとうに一人になったことはなかったんだとわかった
閑散とした大学の練習室でブラームスを弾いていたら
ボロボロボロボロ泣けてきて
初めて素直に"寂しい"と思った
思えばそれが私のアメリカ生活の始まりの
強烈な印象
外国にいくと圧倒的に孤独と言われるけれど
例え外国でなくてもどんな環境であっても
こういう経験は誰しもあるものではないかなと思う
でも嬉しくも悲しくも
人間は環境にこそ慣れなくとも
感情には慣れていく生き物で
孤独とも仲良くなることができるし
もう一人でもあの時のような寂しさを感じることはない
でも今日はそうして独りで生きることを頑張り始めた
あの最初の日によく似た
一つの終わりであり旅立ちの日
いつだって終わりはやってくるし
終わりがあるから美しいし
終わりがあるから耐えられるものもある
いつか必ず終わるとわかっているから
毎日を生きていられる
ほんとうに感謝していたら
感謝しています、とは
なかなか言葉にする気持ちになれないけれど
今日だけは
あの日からずっと支えてくれた人たちに
ありがとうと言葉で思う
またそれぞれがそれぞれに
いるべき場所を温め合って
離れていてもいつも大切にし合えるようにと
October 18, 2012
海沿いのレストラン
遠方からの来客があり
こんな時しか機会がないからと
父と母が新婚旅行で来たというこのレストランに
それ以来、実に云十年以上ぶりに行くことになった
月日がまわりまわって
まさかその場所に私が一緒に行くことになる日が来るなんて
海の向こうに見えているのは
昔、シカゴの有名なギャング
アル・カポネが収容されていたとも言われている
アルカトラズ島
壮大な海を目の前に頂くクラムチャウダーは
ある意味とても現実的だけれど
それはそれは美味しくて
無理に作られた丁寧な接客でも
また無愛想でもなく
ただ淡々とお料理を運んできてくれるウエイター
日本でのように嫌でも無意識に
他の人たちの会話が理解できてしまう煩わしさも
ここにはなくて
海の音や他の人間のたてる音、そして言葉も
すべてがただの音に聞こえる
こういうことが私にとっての
外国で暮らす好きなところの一つでもある
他人のことなんてどうだっていい、と
いい意味でほんとうに思える瞬間
October 17, 2012
天井から差してくる神聖な光
溜まりに溜まってしまった写真たちを
少しずつアップデート
シリコンバレーにある実家の
すぐ近くにあるスタンフォード大学内の教会
Memorial Church
私はクリスチャンでもなんでもないのだけれど
教会に行くと昔からいつもとても安心する
それぞれがそれぞれのことを考え
それぞれの時間だけを使って
無言でただそこにいるからかもしれない
こういう場所にいると
祈ることと赦すことがふっと突然理解できたりする
ヨーロッパで暮らしていた頃の生活には
いつもどこかしらで教会の鐘の音が鳴っていて
外国特有の木々や風景と共に
そこにまた音楽があった
アメリカは歴史が薄いので
ヨーロッパの教会のような趣まではいかないけれど
ここはアメリカの中ではとても好きな教会の一つ
こんな大きなパイプオルガンまで
練習の合間にちょこちょこと出かけて行っては
音楽から離れた自分を整えたくて
この空間にただただ自分を沈ませたりしてみる
でもここでバッハの無伴奏でも弾いたら
とても綺麗だろうなぁ、なんて
結局は音楽家っぽいことを考えたりしながら
溜まりに溜まってしまった写真たちを
少しずつアップデート
シリコンバレーにある実家の
すぐ近くにあるスタンフォード大学内の教会
Memorial Church
私はクリスチャンでもなんでもないのだけれど
教会に行くと昔からいつもとても安心する
それぞれがそれぞれのことを考え
それぞれの時間だけを使って
無言でただそこにいるからかもしれない
こういう場所にいると
祈ることと赦すことがふっと突然理解できたりする
ヨーロッパで暮らしていた頃の生活には
いつもどこかしらで教会の鐘の音が鳴っていて
外国特有の木々や風景と共に
そこにまた音楽があった
アメリカは歴史が薄いので
ヨーロッパの教会のような趣まではいかないけれど
ここはアメリカの中ではとても好きな教会の一つ
こんな大きなパイプオルガンまで
練習の合間にちょこちょこと出かけて行っては
音楽から離れた自分を整えたくて
この空間にただただ自分を沈ませたりしてみる
でもここでバッハの無伴奏でも弾いたら
とても綺麗だろうなぁ、なんて
結局は音楽家っぽいことを考えたりしながら
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