April 25, 2012

シカゴの寮の部屋から見える
この見慣れた景色を4年間共にした
フルート吹きのルームメイトからのメールに
"Yuukiは毎日同じ曲をずっとリピートして聞いていたよね"
という一言が

そうそう敷居もない一間の部屋なのに
私がいつも自分の聞きたい曲を勝手にかけていて
それでも彼女は文句一つ言わず
あたたかく聞いてくれていた(はず)
彼女からはいつもマイナスイオンが出ていて
終始緊張状態だった私の留学生活を
和ませてくれたんだった

そういう私は今も
同じ曲を繰り返し繰り返し聞いている
その曲の一節にある
"愛した人とさえも幸せを掴めない僕に
明日を夢む元気などないんだよ"
という言葉

愛した人とさえも、と言うけれど
愛した人とだから、幸せを掴めないのかな

愛していない人となら
幸せを掴むのは簡単だから

April 21, 2012

感じることをやめてしまったら
舵がとれなくなる
といつか何かで読んだ
感じなければあっという間に時は過ぎていて
もう桜の季節が終わっていく

私の知る限りの世界を見渡してみても
日本ほど四季の美しい国はなく
そしてこんな四季の始まりの美しい季節に
日本に滞在していることも
ここ数年滅多になかったので
今年は拝めるかなと思っていたけれど
忙しい忙しいと言うほどの暇はあるのに
その大事な暇にかまけて
今年もまたアメリカの見慣れた
Cherry BlossomでもSakuraでもない
日本の桜にはゆっくりお目にかかれないまま

でも人間は
やりたいことを満足にできないくらいの時が
一番進化できると思う

こんなにもやりたいこと
もしくはやらなければならないことがあるのに
時間が足りなくて思うようにできない
そういう時が一番力を発揮できる

たっぷり時間があって
どうぞいくらでも自由に
好きなようにやってくださいと言われても
やっぱり"できる"時間や力は同じな気がする


*先月のスペシャルドラマを見て下さった皆様、
色々なご感想、ありがとうございました。

なにかを嫌だと思う気持ちは、
なにかを好きだと思う気持ちより
色々な意味で根強いと思っている私にとって、
この作品に関われたこと、とても幸せでした。 

主人公を演じた谷村美月さんのマネージャーさんの
ブログにもちょこっと写真が載っています。

最後にスチールさんから頂いた
二人同じ衣装を着た撮影時の写真を。

March 23, 2012

O.A.情報

この度BS-TBSスペシャルドラマ
『家族が家族であるために』にて
女優・谷村美月さん演じる主人公
安達加奈さんへのヴァイオリン指導
また、作品内での彼女の演奏録音
吹き替えをさせて頂きました

オンエアは
3月28日(水)19:00~20:54です

この作品は
日本ではまだあまりメジャーではない
非配偶者間人工授精
AID = Artificial Insemination by Donor
について新しくたくさんのなにかを
投げかけてくるものになっていると思います

私が今ここで言葉にするのでは
なにもかも足りません


詳しくはこちらまで*

March 22, 2012

オールアップ

撮影中だったスペシャルドラマ
この度すべての撮影が終了しました*
今回の監督さんは生野慈朗監督

素人な私は今まで監督さんに注目して
ドラマを見ることはあまりなかったのですが
「3年B組金八先生」シリーズ、「愛していると言ってくれ」
「ビューティフルライフ」「オレンジデイズ」などなど
思い返してみると
生野監督の作品はほとんど見ていたというくらい
たくさんのヒットドラマを手がけてこられた方
そんな大ベテラン監督ですが
とても自然な優しさを持った方で
私にもよく気さくに話しかけて下さいました
ほんとうに力のある人間は
自分のことを頑張ってみせようとしない
ということをそのままにしたような
そして自分がその世界の中だけで守られて生きてしまうと
なかなかあんな風にフラットな感覚は保てないけれど
そのことにちゃんと気づいているような素敵な監督さんでした

また、他のスタッフも
ほんとうに気持ちの良い方々ばかりで
現場がとても居心地が良かったです
 
どこにいるかより
誰といるかのほうが大事
とはよく言いますが
なにに関わるかより
誰と関わるかのほうが大事な私にとって
こういう時間はとても大切な時間になりました

1か100かのどちらかしか存在しない
その間の微妙な感情が存在しない私は
人間自体もあまり好きではなく人を求めていないし
人と関わることで疲れてしまうことも多いですが
たまにこういう方々にスッと出逢えることで
あぁまだ大丈夫かもしれないなと思えるもの

生野監督、スタッフの方々、出演者の皆様、
本当におつかれさまでした*
ありがとうございました*

March 11, 2012

3.11

音楽家である友人がこんなことを書いていた

色々な音楽家たちが3.11の事について様々な思いを書いている
それを見ると「自分が音楽家として何ができるのか?」
というような表現をかなり見かけるけど
こんな災害時に音楽家である必要なんかあるのかなあ
隣の家が火事になってる時に
「自分は音楽家として」なんて普通考えるかなあ

というようなこと
そのままだな、と思う


人は人をほんとうには救えない
誰も誰かを救うことなんてできない
でもそれは決して悪いことではなくて
そのことを知っていてそれでも差し伸べる手に
ようやく意味があるのではないかと思う

だから私は今日この日もいつも通り淡々と
そして明日からもいつもと変わらず淡々と生きていこうと思う

それは手を差し伸べないこととイコールではないから