July 18, 2011

久々の帰国。震災後初めての日本。

空港に降り立った時いつも一番に出迎えてくれる、
「おかえりなさい。」という看板。
私はこの看板がとても好きで、これに何度安心したかわからない。
アメリカの空港で出迎えてくれる"Welcome back!"の言葉とは違う、
日本語独特の風情。大切なもの。

帰国する度に感じる、変わる想いと変わらない想い。 
日本の街は所帯染みていて、小さな島国で空も低い。
人は皆、背も低く鼻も低く、おまけに腰も低い。
外国と比べると、画にならないことが多いけれど、 
そういう日本の画にならない"カッコ良く"ないところが、
私はやっぱりとても好き。

元々なにもなかったけれど、
どこの国にいたいかも、誰といたいかも、もうなんだかなにもない。
いつだって自分のいる場所が自分の国で、
自分の話す言葉が自分のアイデンティティーで、
どんな風に生きていたって、大切な人はいつもすぐそばにいる。
色んな場所から色んな場所へと生き動いていく度、
どんどんどんどん洗われてなにもなくなっていく。
でも、なにもないことは、
深くこだわりがあることと本当はイコールな気がする。
なにかに対して中途半端じゃない人は、
なにも持っていないフリができるように。

生きて行く中でずっと、
そうなり続けられたらいい。


*写真*
シカゴの自宅からいつも見ていた夕日
見慣れた景色のウィリスタワーと市立図書館
そして通い慣れた大学とその向こうに広がるミシガン湖

June 06, 2011

建物内すべてが貸し練習室やたくさんの楽器屋さん
オーケストラのリハーサルスタジオや楽譜屋さんなどでうまる
古い古い9階建てのFine Arts Building
手動エレベーターで上がっていく
その中のお気に入りの楽譜屋さんで
新しい楽曲探し

楽譜や楽曲は
外との出逢いのようで
実は自分の内と内との出逢い
どんなに好きな曲でも
どうしても今は弾けないという時もあるし
あんなに気の向かなかった曲でも
今こんなに気が合うこともある

新しいことをみつけたり
新しくなにかを始めたり
新しい人に出逢ったり
それで私はわくわくしたりしないし
それを求めてもいないけれど
ひとつのことをずっとやってこそ
私はずっとどこかでわくわくしていられる
自分の内と内とでもう充分すぎる
そこに他者や外のものはなにも必要ない

毎日同じ場所で毎日同じことをする
それが毎日新しいってことだと思ってる 


先日私が出演した、東日本大震災被災者支援チャリティーコンサート"Japan Earthquake Relief Fundraiser Benefit Concert"含め一連のチャリティーイベントがALSO出版さんの"The Sax"という雑誌の7月号に掲載されているそうです。
よかったらチェックしてみて下さい。

May 13, 2011

Sweet Home Chicago

以前ある人に
「あなたのことは、通り過ぎるだけの人だと思ってますから。」
と言われたことがある

その時は
傷ついたわけでも驚いたわけでもなく
なにも知らないんだなぁこの人は、と
ただ漠然と思ったのを覚えている

でも今になって
「通り過ぎるだけの人」とは
なんて真っ当なんだろうと思える
人生はすべて通り過ぎるだけで
通り過ぎない場所も
通り過ぎない人間もいない
出発点も到着点も
生きていても死んでいても
私は同じだと思ってる

人生はただの"つなぎ"みたいなもので
前にきっと誰かが生きていたであろう人生を
私は今たったのここ数十年生きるだけで
だからこの先私が死んでも
私のそのあとの人生を
また誰かが生きてくれるだろうと思う
それはもしかしたら
人間ではないかもしれないし
クラゲとかトンボとかかもしれない
でもそれは終わりではないし
始まりでもなんでもない
ただただどんどんつながっていくもの
世界なんて超えた大きな大きな流れの中の
一瞬そこにちょこっと私も顔を出せたかなぐらいで
私はもうお腹いっぱいすぎる

だから良いことも悪いことも
誰かに褒められることも怒られることも
理解されることも誤解されることも
好かれることも嫌われることも
幸せなことも不幸なことも
あんまり興味をそそられない
失敗や悲しいことよりも
成功や良いことがあるように頑張ろうとも
幸せなことがいい人生だとも
全然思わない

でもどこにも行き着かずに
通り過ぎるだけだからこそ
その途中で色々な人に出逢えたことを
色々な場所に印を付けられたことを
色々な人に愛してもらったことを
私は大事にしようと思える


*写真*

シカゴ最後の日
すべては通り過ぎるだけ、という気持ちなので
寂しさも未練もなにもないですが
シカゴ観光など全くしなかった私が
なにかあってもなにもなくても唯一よく足を運んだ 
シカゴでの私のベストビュースポットへ
シカゴの景色を見ながら最後は楽器の上で寝る私
夜はもっともっと素敵な夜景*

May 09, 2011

Commencement ceremony

国の重要文化財であるAuditorium Theatreでの卒業式

4000人程の米国人観衆の前で
日本人である私がアメリカ国歌を弾くのは
なんだかとても不思議な気持ち
真っ黒のハリーポッター並みのキャップとガウンを纏い
学科ごとに違う色とりど りのタッセル
キャップに付けているそのタッセルを
卒業後に右から左に動かす瞬間は
感動と共に色々なことを思い出す

暗い暗い大学生活だったな、と本当に思う
式でディプロマを受け取る為
一人ずつ名前を呼ばれ壇上に上がるその度に
それぞれ客席にいる友人や家族から名前を叫ばれたり
ヒュー!キャー!おめでとー!などという歓声が飛ぶのだけれど
私が"ユゥキハシモォーリィ"と呼ばれた後の
しーんという静寂は断トツ一番だった気がする
あぁ、これが私がここで築いてきたものだな、と思った
こういう時に、たくさんの友人にキャー!おめでとー!と
叫ばれるような関係を築いてこなくてそういう存在でなくて
生きる世界を狭く狭くしてきて本当によかったな、と思った

大学生活がスタートしたハタチの誕生日も
最後になった23歳の誕生日も一日中寮の部屋で独り過ごした
4年間、寮とワンブロック先の大学の行き来のみ
勉強と練習しかしなかった
でも私にはとても似合った身の丈に合った生活だったなと本当に思う
どこにいても最後は同じように生きていただろうなとは思うけれど
日本の大学に行き、みんなでわいわい飲み会やサークルがあったりと
そういう生活をしなくて私は本当によかった

あたり前だけれど、
英語でのヒストリー、セオリー、リテラチャー、
エッセイ、ペーパー、プレゼンテーション等、
実際に楽器を弾くこと以外で大変な課題が多すぎて
自分の楽器を練習をする時間を取ることがとても難しく
ここに来ている本来の意味を考え直してしまう瞬間は
毎日多々あったけれど
最後には楽器を弾く上でもそういう他のことがきっと大事で
勉強はしなくていいからヴァイオリンの練習だけをしていればいい
そういう環境に生きることもそういう環境を作ってもらうことも
結局自分のためにはなにもならないし
ヴァイオリンを弾くから他は破棄してもいいというのは
それはそれでとても間違っている
恋愛をしたりじっと机に座って勉強をしたり
例えそういうことで実際に楽器を触る時間が減ろうが
それは恋愛や勉強のせいでは決してないし
そういうことが最後には
すべて自分の音楽にのっていくのだといつも思う

青春なんて興味もないしどうでもいいけれど
終わった時に自分で自分に泣いてあげられるような
シカゴで過ごした時間と、
なにより音楽の教え、人間的な関わり共に
アメリカに渡った本当の目的であった
ヴァイオリンの師と出逢うことができたことを
これからもずっと大事に生きていけたら

April 15, 2011

Japan Earthquake Relief Fundraiser Benefit Concert

 
4月1日に開催された 
東日本大震災被災者支援チャリティーコンサート"Japan Earthquake Relief Fundraiser Benefit Concert"にお越し下さった皆様、
シカゴ市長Richard M. Daley、イリノイ州知事Pat Quinn
イリノイ上院議員Richard Durbin、その他市議会議員の方々、
アメリカ赤十字、マスコミ、報道陣の方々、
協賛、協力、賛同して下さった企業、関係者の方々、 
お手伝いをして下さった沢山のボランティアの方々、
私が言えるありがとうではないですが
それしか言葉が見つかりません
本当にありがとうございました

同じ人間である自分が
同じ人間である誰かを救おうとすることや
何か力になりたい、と立ち上がることは
私の信じているものとはちょっと違うな、
という思いはいつもありますが
こういうひとつひとつが
少しでも被災者の方々にとって大きな意味での
精神的な力に繋がっていくのならと願うばかりです 

これだけの数の違う人間が生きていて
これだけの情報が溢れている世界だからこそ
色々な情報が色々場所で色々な意味を帯び
錯綜するのは当然のこと
日本破滅論を唱える者も
海外に避難する人々も沢山いると聞きます
でも生かされているなら、と
その中で頑張って生きようとすることと
生きること自体を
生きたいと頑張ってしまうことは
似ているようでとても違うことな気がします 

こういうことは今までもこれからも
いつだって誰にでも平等な重さで起こり得ること
物理的にも精神的にも被災者の方々が
ないはずで確かにあったあたり前の日常に
一刻も早く戻れますように


【追記】
このチャリティーコンサートの記事が、
ALSO出版の日本の音楽雑誌"The Flute"に載りました。
編集の方から、「今回の震災は、直接・間接的に全ての日本人が被災者であると言 えます。そんな中、海外からの支援は本当にありがたく、心強く感じます。遠い異国の地で、日本を想い演奏された音楽を、少しでも被災地へ届ける橋渡しとな れれば、出版業に携わる私どもの本望です。がんばってください。心から応援と、感謝を致しております。」とお言葉を頂きました。
よかったらチェックしてみて下さい。

*写真*
アメリカ中西部主要新聞The Chicago Tribune4月4日付の紙面と
今回会場となったChicago Cultural Center Sidney R. Yates Gallery